異常なポジティブ思考

過酷な条件下で酷使されてネガティブ思考に陥ったり反抗的になったりしがちな社員を鼓舞するため、ありもしない展望を掲げて希望を抱かせたり、パワハラを愛の鞭と言い換えたりして、ポジティブ思考を強制する。

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ネガティブは百も承知しているからポジティブ思考を強制する

●従業員の過労死さえ美談にすり替える

2008年に、ある外食チェーンの店舗で働いていた26歳の女性が、入社2か月後に遺書めいたメモを残して自殺した事件があった。

勤務状況を調べてみると、残業が月140時間、7日間連続の深夜勤務、休日には早朝から研修会に参加させられていたほか、ボランティア活動の強制参加、レポート執筆など、心身ともに休まる時がなかった。このような状況から労働災害が認定されたが、社長はTwitterに「労務管理ができていなかったという認識はない」と書き込んで、彼女の遺族に会おうともしなかった。

過酷な労働の末に従業員が若い命を絶ったというのに、社長はバングラデシュに作ろうとしている学校のことに触れ、「亡くなった彼女も期待してくれていると信じる」と書き込んで世間から非難を浴びた。そしてブラック企業の烙印を押されたのである。

なぜ月140時間もの残業が発生したのか、なぜ従業員が自殺するほど思い詰めてしまったのか、自分が経営する会社なのに、まるで他人事のような態度。しかも従業員の死を美談にすり替えるような思考は、どこから生まれるのだろうか。

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ネガティブな状況を打開するべく、あえて思考をポジティブに切り替えて困難に立ち向かう場面は、人が生きていればしばしば経験することだ。だがブラック企業では、違法行為をカモフラージュするために利用される。

上司や先輩への返事は「はい」しか許されず、疑問があっても質問すらできない。朝礼では、毎日交代で社是と経営理念を暗唱させられる。「サービス残業はビジネスマンの誇りである」「上司が厳しいのは、君たちの人格を成長させるため」という、一見すると“正論みたいな”屁理屈がまかり通り、オフィスには「総力戦」とか「明るい未来」というようなスローガンもどきの文言が、壁のあっちこっちに貼られている。

わざわざ「明るい未来」という文言を掲げているということは、現時点でそれが実現していないということの証左である。それをあたかも会社の目標であるように擬装して、「さあ、みんなで頑張りましょう」と社員を煽って、搾取しているのがブラック企業である。

●過酷な条件なのに嬉々として働く若者

ごく稀に、ブラック企業と相性の良い人がいるようだ。

学生時代にアルバイトとして入った男性が配属された店舗は、冒頭で女子社員が若い命を散らせた会社の傘下にあった。そこではプライベートな時間はほとんどなく、たっぷりサービス残業をさせられているのに、同僚との関係は良好で、自分が働く店舗を心から愛していたという。彼にとっては、たとえブラック企業でも「居場所」を見つけられたことが、ある種の自己実現になっていたようだ。

彼は卒業してから一般企業に入社して営業マンとして働いているが、残業が深夜に及んでも弱音を吐かず、次の日は元気な姿で出社してくるという。そういうタフさが身に着いたということでは、ブラック企業でのアルバイト体験は無駄ではなかったともいえる。

だが、彼はブラック企業での過酷な体験を自分の栄養にした稀有な例であって、ブラック企業で働く大半の社員は搾取され、吸い取られるだけの毎日を送っている。

その実態を隠すために、異常なポジティブ思考を強要して社員を騙す。そして都合の悪い問題提起や意見具申を「反抗的な態度」と決めつけて、あらゆる嫌がらせを仕掛けて退社へと追い込むのだ。

異常なポジティブ思考は、会社の宗教化にも似ている。あらゆるネガティブな条件をポジティブな言葉にすり替え、さながら信仰の如く崇めている姿は、第三者から見ると甚だ滑稽であり、哀れみすら感じないだろうか。

 

平藤清刀



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