自己責任

結果の成否にかかわらず、自ら行ったことの責任はすべて自分が取るという考え方。転じて、連帯責任を回避するため、あらかじめ個人の責任で行うよう予防線を張る場合にも用いられる。

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自己責任の概念は曖昧で明確な範囲は定まっていない

●社員による業務上の行為でも、会社が負える責任には限界がある

会社は社員の行為に対して責任を負う。つまり社員のミスで得意先に迷惑をかけてしまったときは、本人はもちろん上司が一緒に得意先を訪れて謝罪するというのが、一般的な礼儀とされている。迷惑の度合いが大きいときは、社長自ら出向く場合もある。

また社会全体に迷惑を及ぼす重大な事態では、マスコミのカメラの前で頭を下げることもある。それが会社として負うべき「連帯責任」であり、社員は犯したミスに対して何らかのペナルティを課せられる「自己責任」を負う。

ところが、会社が負うことのできる連帯責任には限界がある。もしこの限界を認めないということになると、たとえば「社員Aの親戚、しかも血縁関係のない他人同然のお年寄りが生活保護を打ち切られたのは会社のせいだ」という無茶な理屈が通ってしまいかねない。だから雇用契約書には「免責事項」が設けてあって、会社と社員の責任範囲があらかじめ定められていることが多い。

言い換えると、会社の責任範囲を超えることについては「自己責任」となるわけだ。

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●体(てい)の良い「免罪符」に利用される自己責任

冒頭の用語解説にあるように、自己責任とは「自ら行ったことの責任」である。だが、よく考えてみると、これはじつに曖昧な概念だ。

「自ら行った」と言うが、その起点をどこに置くのか? 会社の業務として「こうすればもっと効率よくできるんじゃないか?」と思って実際にやってみたことは、果たして「自ら行ったこと」といえるのか。間接的に「会社がやらせたこと」にならないか。

社員は「会社の仕事としてやったのだから、会社にも責任がある。そもそも仕事じゃなかったら、やらなかった」と主張し、会社は「命じたこと以外のことをやったのだから、社員の責任だ」と、連帯責任から逃げようとする。果たしてどこからどこまでが自己責任なのか連帯責任なのか、その境界はじつは非常に曖昧なのだ。

会社としては、なるべく責任を取りたくない。だからミスや違法行為の責任をすべて社員にかぶせて首を切ってしまえば、対外的にも「オトシマエをつけた」という体裁をとれるから、組織を守るために自己責任の範囲を広げようとする。

さらに言えば、残業や休日出勤を建前としては禁止していても、やらざるを得ない状況に追い込んで「社員の自発的な意思でやっていたこと」にすれば、会社が強制したことにはならないという理屈が成り立つ。

このように自己責任を免罪符に利用する会社が存在するので、雇用契約書を交わす際には、たとえ面倒でも中身をよく読むこと。少しでも疑問があったら、納得できるまで問い質(ただ)すことだ。

面倒くさそうな態度を取ったり、「形式的なものだから」とごまかしたりする会社なら要注意だ。ましてや雇用契約書を口頭だけで済ませようとする会社など論外。

何か不都合なことが起こったら、自己責任を会社に都合よく解釈して、すべての責任を押し付けられかねない。

 

平藤清刀



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