株式会社 大庄(居酒屋「日本海庄や」)

入社4カ月後、就寝中に心不全を起こして死亡
労基署が長時間労働による過労死と認定

社長以下4人の取締役を名指しで提訴

2007年8月11日未明、当時24歳だった吹上元康さんが自宅で就寝中に心不全を起こして、そのまま帰らぬ人となった。

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元康さんはその年の4月10日、株式会社「大庄」に入社。同社が運営する居酒屋チェーンのひとつ「日本海庄や・石山駅前店」(滋賀県大津市)の調理場に配属された。ちなみに同社は、他にも「庄や」「やるき茶屋」など居酒屋チェーン約860店舗を全国に展開する、東証一部上場企業である。

2008年12月に大津労働基準監督署が、元康さんの死亡を過労死と認定したことから、元康さんの両親は法人としての株式会社「大庄」と、個人としての代表取締役社長・平辰(たいら・たつ)をはじめとする4人の代表取締役を、京都地裁に提訴して損害賠償を求めた。

元康さんが亡くなる4か月前の総労働時間は月平均276時間、時間外労働が平均112時間で、厚生労働省が定める過労死ライン80時間を大幅に超えていた。

2013年5月に下された判決では、会社と4人の取締役に対して計約7860万円の支払いが命じられた。会社側は高裁へ控訴したが、高裁は「取締役らは全社的な長時間労働を認識していたにもかかわらず、放置したのは悪意または重大な過失で、その結果生じた元康さんの死亡に対して、会社法429条1項に基づき、役員は個人として責任を負う」(以上要約)として、取締役の個人責任を認めた。

しかし会社側はその判決を不服として、最高裁へ上告。だが最高裁が上告を退けたことで、判決は確定した。

平社長は裁判で「外食産業では、月100時間を超える時間外労働は一般的である」と反論。それくらい働かないと、同業他社との競争に勝ち抜けないという考えを示した。

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あらかじめ80時間の残業を織り込んだ給与体系

元康さんは中学から大学まで卓球をやっており、基礎疾患や既往歴もなく絵に描いたようなスポーツマンだった。

そんな彼が、就寝中に心不全で命を落とすほどの過労を強いられた勤務とは、どのようなものだったのか。

後に公開された「大庄」の給与体系一覧表によると、2006年10月の時点で新卒一般職の基本給が12万3200円。これに「役割給」7万1300円が加算されて計19万4500円が「最低支給額」とされている。これが「初任給」に相当し、元康さんが採用情報で見た金額より500円多かったという。しかし、基本給に加算される「役割給」が曲者(くせもの)だった。これは「月80時間の残業」を前提としており、残業時間が80時間に満たないときは減額される仕組みだった。

「初めから予定されている金額なら、減らしたくないはずである」ということは、裁判でも認められた。

それが過剰な長時間労働を生む原因となったことも、裁判官から「労働者の生命・健康に配慮し、労働時間が長くならないよう適切な措置をとる体制をとっていたとはいえない」と断罪され、取締役の個人責任を認定した理由にもなっている。

ところが当人たちは最高裁に上告してまで責任を逃れようとしたばかりでなく、厚労省が定める80時間の過労死ラインについても「基準に縛られることは経営判断の放棄である」「判断の合理性と裁量の範囲は、その会社が属する業界の経営において、通常求められる内容と程度が基準となるべき」と、厚労省を批判するような主張を展開したのである。

会社側が元康さんの死亡原因について何ら罪の意識を持っていないことは、元康さんのお通夜に平社長から届いた電報からも見て取れる。

「天命とは申せ、これからの人生が始まろうとしているのに、今日はお別れをしなくてはならない宿命に、涙尽きるまで流れる涙を止めることができません」という行(くだり)がある。

これでは、元康さんがまるで天寿を全うしてこの世を去ったような書き方であり、文面も文例のテンプレートをそのまま引き写したかのような白々しさが漂う。法的に裁かれ、さらに社会的にも制裁を受けるのは当然であろう。

関連用語 過重労働と過労死みなし残業/定額残業代コンプライアンス(法令順守)

 

平藤清刀



 

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